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2022年 06月 24日
キヤノンEFもミノルタX-1も時代に先駆けすぎて売れなかった一眼レフと言える。時代を先取して売れなかった一眼レフと言えば、ペンタックスME-Fもそうである。1981年の発売だが、なんと一眼レフとして初めてAF機構を内蔵していたのだ。それまでコニカが1977年にC35AF、いわゆる「ジャスピンコニカ」で大ヒットさせ、余勢を駆って交換レンズにAF機構を内蔵したARヘキサノンAFを試作した。ニコンもAFニッコールを試作したが、両方とも商品化には至らなかった。ところがペンタックスME-Fはボディー内にAFセンサーを内蔵し、TTLで測距して、モーター内蔵のAF専用レンズである35-70ミリF2.8ズームを駆動してピントを自動的に合わせるものだった。AFセンサーは日立製のMOS-FET(CMOSではない)を使い、コントラストAFが可能だった。コントラストAFは被写体のコントラストがピークになる最大値を検出してそこにピントを合わせるもので、測距精度は高いが、測距速度は遅く、マニュアルフォーカスのほうが早かった。また、当時はAF一眼レフに対するアレルギーが強く、カメラ雑誌はこぞってAF反対論を唱えたのだった。そんな中、私は「カメラ毎日」の仕事でこのペンタックスME-Fを試写する機会に恵まれた。AF専用レンズはあまり記憶にないのだが、smcペンタックスリフレックスズーム400-600ミリF8-12は印象に残っている。AFではないのだが、フォーカスエイドでLEDランプを見ながらピント合わせができた。この組み合わせで多摩動物公園に行き、トラを撮ったのを覚えている。コントラストAFのため、開放F値がF8-12と暗いリフレックスズームレンズでもフォーカスエイドで精密なピント合わせができるのは新鮮な驚きだった。その時、AF一眼レフ時代は案外早く来るのかも知れない、という予感があった。実際、1982年にはオリンパスOM30が発売され、専用の35-70ミリF4を使うと、ピントが合った瞬間にシャッターが自動的に切れる「インフォーカストリガー」機構を備えた。さらに1983年にはニコンF3AFが登場する。これはF3にDX-1というAFファインダーを搭載したもので、このファインダーにはSPDのAFセンサーとレンズ駆動回路が内蔵されていた。AF方式はそれまでのコントラストAFではなく位相差AF方式であり、測距速度が格段に早かった。また、専用AFレンズの80ミリF2.8と200ミリF3.5にはAF駆動モーターが内蔵され、合焦は素早く、しかも静粛だった。しかし、このカメラもミノルタX-1と同様にファインダーが巨大でバランスが悪く、それほど売れなかった。建築家の黒川紀章氏がこのF3AFを愛用していたのが記憶に残っている。このように、ペンタックスME-F、オリンパスOM30、ニコンF3AFといずれも先進性の割には人気が出なかった一眼レフである。しかし、これらが種を蒔いたことによって、1985年にミノルタα-7000という大樹が育つことになるのである。 ![]() RAWで撮影して、ニコンNX Studioでピクチャーコントロールをビビッドに、さらに彩度を上げ、露出を下げて、JPEGに書き出し。こんなにパラメーターを弄ることはほとんどない。NX StudioはNX-Dを使っていると、すぐに直観的に使える。ニコンZ fc、Z 50ミリF2.8 MC、絞りF8、絞り優先AE、AWB、ISO 400。
by hinden563
| 2022-06-24 05:00
| フィルムカメラ
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Comments(6)
おはようございます。
>LEDランプを身ながらピント合わせができた。 「LEDランプを見ながらピント合わせができた。」でしょうね。 ズームレンズの電源に単4乾電池4本が必要で、AFズーム付き標準価格は164,500円との表示には隔世の感がありますね。上野千鶴子氏は「熟達した腕前の方がはるかに焦点合わせが実践的であることがわか」ると安堵したような評を下しています。
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大納言さん
変換ミスでした。訂正いたしました。ありがとうございます。 上野千鶴子さん、懐かしいですね。カメラアート時代から編集者としてお付き合いいただき、フリーになってからも大変お世話になりました。AFに関しては、マニュアルフォーカスのほうが早い、というのが大方のプロ写真家たちの見解でしたね。それほどAF反対論は根強く、カメラ雑誌もおおむねAF反対論でしたね。 ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
今更で恐縮ですが、ME-F用のAF35-70mmはF2.8通しでした。
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